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空き家からはじまる新しいまちづくり

PEOPLE

『冨澤家』冨澤八重子さん

 

 

茶道教室を開きながら
築170年の旗本下屋敷を守り続ける

 

近年では、住みたい街ランキングにも登場するようになった千住。
交通の便がよく、駅ビルもあり、グルメな人が集う飲食店も続々とオープンし、一方で昔ながらの商店街や路地、銭湯、古民家など、昭和っぽさも色濃く残っています。

そんな新旧が交差する千住のまちの中でも、
東京電機大学の誘致で大きく変わりつつある北千住駅の東口エリアを中心に、そこで働く人、暮らす人を紹介していきます。

今回は築170年の旗本下屋敷に暮らし、茶道教室を主宰する冨澤八重子さんを紹介します。

 

―江戸時代の旗本の下屋敷を
令和に受け継ぐ―

京成関屋駅からほど近くには四季折々の花を楽しめる「柳原千草園」があり、隣には170年前に建てられた風格のあるお屋敷が残っています。この家に代々暮らす冨澤家。現在は当主の冨澤昌幸さんと、茶道の先生でもある妻の八重子さん達が暮らしています。

旗本屋敷当時、表玄関として使われていたのがこの格子戸の入口。その先は廊下、和室へと続く。

お話をうかがいにお邪魔すると、広い土間を通り、八重子さんは庭に面した居間に案内してくれました。床の間には掛け軸がかけられ、端午の節句を前に兜人形が飾られています。無駄のない所作の八重子さんを前に腰を下ろすと、自然と背筋がピンと伸びます。そんな緊張感を察してか、八重子さんは穏やかな笑顔で「お抹茶にしますか? 足は崩してくださいね」と。お言葉に甘えて、お抹茶をいただくと、ふわっと滑らかな口当たりに、ほのかな苦み。緑の増した庭を眺めながら、緊張感はゆるゆるとほどけていきます。

床の間に飾られている掛け軸。こちらに住む冨澤八重子さんが毎月替えている。

このお屋敷は最初からこちらにあったわけではなく、移築を繰り返して生き延びてきたそう。

「江戸時代、浅草の橋場にあった旗本の下屋敷でしたが、1855(安政2)年に葛飾区堀切に移築されました。さらに、大正の初め頃、荒川放水路を作るために用地買収され、再び移築を余儀なくされることに。いったん建物を解体し、現在の場所に組み立て直したと聞いています。敷地内には蔵もあり、義理の両親が他界するまでは、私たち夫婦は3人の子供と一緒に8畳ほどの蔵で暮らしていました」

冨澤家はこれまで、関東大震災や大戦の空襲からも運よく免がれてきました。敷地内はとても手入れが行き届き、170年も時間が経っているようには見えません。

「瓦屋根は何度か葺き替え、江戸・明治・大正・昭和の物が混在しています。江戸時代の人は背が低かったのか、天井は低く、襖戸の高さも171cm。現代の建具とは規格が合わないため、修理や手入れをしながら大切に使っています。また、この家を最大限きれいに使うにはものを置かないのが一番だと思い、義父が亡くなった後、だいぶ整理しました」。

 

―大切に残されている季節の掛け軸-

大切に残しているものもあると八重子さん。冨澤家の建物は、かつて歌会などにも利用されていたようで、高浜虚子の俳句の短冊が残っているそう。厳選したコレクションの中にはいくつもの掛け軸もあります。

「月に一度、床の間の掛け軸を変えるのも楽しみのひとつです。義父、その父も区議をやっていたので、この家にはいろいろな人が訪れました。高浜虚子やお弟子さんにいただいた句もあり、折々に合うものを選んで飾るのがすごく楽しいんです。そういった面で見ても、歴史と一緒にある家だなと思います。毎日の雨戸の開け閉めや、年末にはすべての天井を拭いたり、手入れはものすごく大変ですけど、年齢とともに大切に思えます。いい家です。住めば住むほど、癒されますね」。

 

―家を活かすために開いた茶道教室から身に着けた暮らし―

八重子さんは、この古い建物をきれいに維持しながら、25年以上前から茶道教室も開いています。お茶を始めたのは、この家がきっかけだったと語ります。

「私は1971(昭和46)年の24歳の時に嫁いでここに来たんです。その当時はこの家のよさはよくわかりませんでしたが、すごい家だとは思っていました。この家を活かすためにはと考え、お茶をやろうと思い立ったんです。お茶を少しずつ習い始め、3人の子育てが一段落した45歳ぐらいの時にここで茶道教室を始めました。日ごろの喧騒を離れ、四季折々の庭を眺めながら一服のお茶をいただく時間は、生徒さんにとってもホッとできる時間だと思います。茶道は季節も大切にしているので、掛け軸を月ごとに替えたり、四季の移り変わりに敏感になりますね」。

縁側の向こうには、四季で表情を変える庭が広がる。茶道教室は、縁側に面した居間で行われている。

 

 

現在は積極的には生徒を募集していませんが、希望があれば受け入れているそう。

「最初は頭で覚えようとしがちですが、すぐ忘れちゃうの。だいたい2年ぐらいすると体が覚えて、歩き方だったり、器の持ち方だったり、所作がきれいになってきます。男性の生徒さんもいて、皆さん熱心に長く通われているんですよ」

 

―守ってきたものを後世に残す道を模索中―

今の悩みは、いかにしてこの家を守っていくかということ。「傷みの補修も大変ですが、それ以上に悩ましいのが代替わりした際の固定資産税です。後の世代に負担をかけたくないし、この家をなくすのも忍びないし、この先のことは模索中です。千住のまちもどんどん変わって、歴史的にも価値のある古い民家がどんどん壊されています。それでいいと考える人も多いところが、ちょっと寂しいですね」

不安そうな顔からは、かつて良さがよくわからないと感じていたことが信じられないぐらい、この家に対する愛情に満ちていました。簡単に解決できる問題ではありませんが、

この先の時代も変わらずにあり続けてほしいと、願わずにはいられません。

 

<場所>
冨澤家 柳原1-21-25 ※敷地内は非公開です

※この記事は、『町雑誌千住』Last号の取材記事をもとに構成しています。

取材  :西谷友里加
イラスト:渡邉由貴恵

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