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空き家からはじまる新しいまちづくり

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『稲荷寿し 松むら』店主・立花千里さん

近年では、住みたい街ランキングにも登場するようになった千住。
交通の便がよく、駅ビルもあり、グルメな人が集う飲食店も続々とオープンし、一方で昔ながらの商店街や路地、銭湯、古民家など、昭和っぽさも色濃く残っています。
そんな新旧が交差する千住のまちの中でも、
東京電機大学の誘致で大きく変わりつつある北千住駅の東口エリアを中心に、そこで働く人、暮らす人を紹介していきます。

 

今回は、親子4人で店を切り盛りする
『稲荷寿し 松むら』の店主 立花千里さんとそのご家族を紹介します。

ー変わらぬ稲荷寿司の味と人情を次世代にも受け継ぐー

 

『稲荷寿し 松むら』名物の稲荷寿司は1個100円(税抜)。甘辛い煮汁をたっぷり含んだ油揚げに、夏はケシの実入りのさっぱりした酢飯、それ以外の季節は五目飯が包まれ、ごろりと大ぶり。

 

北千住駅東口からのびる学園通り商店街を抜け、細い路地に入ると、途端に昭和にタイムスリップしたような光景が広がります。入り組んだ路地に商店がぽつりぽつり。ここは「柳原商栄会」という商店街。

柳原商栄会は飲食店や肉屋、電気屋など10数件の商店が点在する。

 

迷路のような路地を抜けてたどり着く『稲荷寿し 松むら』。稲荷寿司の老舗である、浅草の『まつむら』初ののれん分けとして、昭和39年に北千住の柳原に開いた歴史があります。落語家の立川談志さんも愛した店で、店内には有名人のサインがずらり。持ち帰り専用の店ですが、評判を聞いて遠方から買いに来るお客さんも少なくないそう。

 

見るからに長い歴史を感じる店構えで、外からは店内の様子がよく見えません。少し不安げにのぞくと、「いらっしゃい!」と声がかかり、やさしい笑顔に迎えられました。

撮影/加藤有紀 店主の立花千里さん。 店を切り盛りして55年になる。 店の外に並ぶ発泡スチロールの水槽には、千里さんが育てているというメダカがいっぱい。

 

―日本が活気づく中夢を持って上京―

店は80歳(2019年現在)を迎える立花千里さんが現役で店主を務めています。テレビ中継により、力道山のプロレスブームに沸いた昭和29年、千里さんは16歳の時に故郷の福島を離れ、浅草の『まつむら』に丁稚奉公へ出ました。

「一番弟子として毎日朝の6時から夜11時まで働いたよ。親の言いつけで、師匠より後に起きたことは一度もなかったね。まだ子どもだったから、吉原に配達に行くと姉さんたちにからかわれて(笑)。必死に働いていたら、頑張りを認めてもらえて、昭和39年にのれん分けさせてもらえたんだ。ここは田舎でさぁ。店を出したはいいけどどうしようかと思ったよ。でも、弟分の手前、“絶対に成功させなきゃならない。やってやるぞ!”という気持ちでね。どんな注文も断らずに頑張ってきたんだ」(店主・千里さん)。

 

―1代限りと諦めた時現れた救世主―

妻のヨシ子さんと店を盛り立て、子ども4人にも恵またものの、息子さんを事故で亡くす不幸に見舞われてしまいます。

 

「息子が継ぐ予定だったんだけど、こんなことになってしまって…。自分の代でおしまいだなと諦めていたんだよ。そしたら娘の旦那が継いでくれるって言うんで嬉しかったよ」(店主・千里さん)。

撮影/加藤有紀 奥が2代目の小川大さん。今では2人の息もピッタリ!

2代目の小川大(まさる)さんは、前職は美術映像の仕事で、飲食業とは無縁だったそう。妻の父である千里さんの修業のもと、ゼロからの挑戦が始まりました。

 

「義父の指導は厳しいですよ。でも、味が好きだったし、街の方々に愛されてきた雰囲気も好きで…。なくしてはいけないと思って、自分が継ぐことにしました。お店で売るのは稲荷寿司とのり巻きだけですけど、ひとつひとつの作業が一朝一短にはいかないんです。“シャリ炊き3年”と言われるように、シャリはガスの火を調整しながらお釜で炊きますが、その時の天気だったりで加減が変わって難しい。油揚げを煮るのも難しいです。これは回数を重ねるしかないですね。“1000個作って売り物になる”と言われましたが、何回も作ることでだんだんわかる奥が深い世界です。お客さんに喜んでもらいたいって気持ちは前職も今も変わらないですけどね」(2代目・大さん)。

 

甘辛く煮た油揚げ。柔らかな食感で、噛むと甘みがジュワッと広がる。

 

油揚げに包まれるご飯は、時期によって2種類。9月のお彼岸あたりから年をまたぎ、5月下旬前後まではにんじん、れんこん、昆布などを混ぜた五目寿司。それ以外の、梅雨のあたりからお彼岸前までの蒸し暑い時期は、ケシの実を振ったシンプルな酢飯になる。

 

運動会など地域のイベントがある時やお盆やお彼岸は、特に大忙し。1日に1000個の予約が入る時もあり、徹夜作業になることも。そんな時期は入れ替わり立ち代わり予約のお客さんが訪れます。用意してもらうのに少し時間がかかる時は、できあがるまで麦茶のサービスとお喋り付き。女将のヨシ子さんとのお喋りを楽しみにする常連客も多いといいます。‘19年3月からは娘の里美さんも加わり、現在家族4人で切り盛りし、お店はさらに賑やかな雰囲気に。

 

中央が女将のヨシ子さん。

 

娘の里美さんは長年の会社勤めを辞めて、この店に専念し始めたばかり。

「見習いで、毎日勉強の日々です。こうして夫が継いでくれているのは感謝しています。たぶん、実の子どもが継ぐより良いんじゃないかな(笑)。親子だとお互いオブラートに包まずに色々言って喧嘩になっちゃうでしょ? 娘の婿だから、ちょっとは遠慮するもんね?」

そう言って、ちらりと母のヨシ子さんを見ると、ヨシ子さんは「そうねえ」と笑います。

 

―変わりゆく街で変わらない良さを継承―

お店に立っていると、街の移り変わりもよくわかると里美さん。

「お店の中からは外の様子がよく見えるんですが、自分が小さい頃はお店の前を通る人はほとんど誰だかわかりました。でも、今は知らない顔がすごく多いんです。このあたりにも新しいアパートが建ち、単身者が増えて街が変わっているのを感じますね」。

 

「駅前はチェーン店が多いですが、柳原の商店街は個人の商店が多いのが魅力。でも、閉めてしまうお店も多くて、それは寂しいですね。時代が変わっても、常連さんにも新しく住み始めた人にも愛される味を守れるよう、これからも頑張っていきたいと思います」(2代目・大さん)

 

確かな技とやさしさでひとつひとつ包まれた稲荷寿司。家に持ち帰って頬張ると、ほろりとほどける油揚げから甘みと懐かしさがあふれ出し、この“ジュワッ”という瞬間を何回も味わいたくてあっという間に3個完食。ひと頑張りしたら、あの笑顔とあの味に会いに、昭和な路地にまた迷い込んでみましょうか。

 

撮影/加藤有紀 メニューは『稲荷寿司』(1個税抜100円)とかんぴょうを巻いた『海苔巻き』(1本税別200円)のみとシンプル。

 

<お店データ>
稲荷寿し 松むら 千住店
柳原2-23-6
☎03・3881・1790
【営業時間】8:00~20:00
【定休日】火曜

※この記事は、『町雑誌千住』Last号の取材記事をもとに構成しています。

 

イラスト:渡邉由貴恵
取材・原稿リライト:西谷友里加

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