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空き家からはじまる新しいまちづくり

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『梅の湯』 店主 梅澤幹雄さん

雄大な富士山に和む

駅近の銭湯

近年では、住みたい街ランキングにも登場するようになった千住。

交通の便がよく、駅ビルもあり、グルメな人が集う飲食店も続々とオープンし、

一方で昔ながらの商店街や路地、銭湯、古民家など、昭和っぽさも色濃く残っています。

 

そんな新旧が交差する千住のまちの中でも、

東京電機大学の誘致で大きく変わりつつある北千住駅の東口エリアを中心に、

そこで働く人、暮らす人を紹介していきます。

今回は、北千住駅から徒歩1分ほどと好アクセスの銭湯『梅の湯』の店主 梅澤幹雄さんを紹介します。

―途中下車して 気軽にひとっ風呂―

北千住駅東口の学園通り商店街を進んで最初の交差点を左折すると、唐破風の屋根が目に入ります。こちらが長年愛されてきた銭湯『梅の湯』。戦前の1927(昭和2)年に千住龍田町で創業し、1941(昭和16)年にこの場に移転しました。現在の建物は1955(昭和30)年に建て直されたもの。

撮影/柏原文恵  下側の屋根は左右両脇にかけてカーブを描く“唐破風”。日本の伝統的な建築様式で、昔ながらの銭湯によく見られる。

玄関で目を惹くのが、滝を上る鯉が描かれたタイル絵。こちらも昔ながらの銭湯らしい装飾。ちなみに、タイル絵の両脇にあるのは傘用の棚。

フロントタイプの番台には、3代目店主の梅沢幹雄さんと、妻で女将の喜代美さんの2人が交代で座っています。

銭湯は駅から少し離れた住宅街にある印象が強いですが、『梅の湯』は駅から徒歩1分という近さ。そのため、会社帰りに利用する人も少なくないと梅澤さんは言います。

「常連さんの中には、沿線で働いているだけなのに、途中でわざわざ降りて寄ってくれる人もいるよ。駅に近いと、サッと電車に乗って帰れるから便利みたい」(梅澤幹雄さん。「」内以下同)。

途中下車してまで入りたくなるのは、富士山のペンキ絵の雄大さとお湯の良さも理由に挙げられます。

―男湯と女湯をまたぐ 富士山のペンキ絵―

山頂に雪を被った富士山と青い海が描かれた、清涼感のあるペンキ絵。

浴室に入るとすぐ、男湯と女湯にまたがって富士山がそびえ立つのが見えます。このペンキ絵を手がけたのは、現在国内にたった3名しかいないペンキ絵師の1人中島盛夫さん。

「ここ最近はずっと富士山をまたがせているよ。その方が富士山も大きくて、より解放的な気持ちになるでしょ。銭湯は家庭のお風呂にはない広さが魅力だから、このペンキ絵でよりくつろげるんじゃないかな」。

この立派な大作は、下書きもなしに5~6時間で仕上げられるそう。ペンキが剥げてくるため、塗り替えのサイクルは2~3年おきという短さ次回の塗り替えはまもなく、2020年6月の予定です。

女湯側では、ペンキ絵師である中島盛夫さんのサインが確認できる。

 

―井戸水を沸かした 湯冷めしにくく、やわらかいお湯―

『梅の湯』のもうひとつの自慢は、お湯のよさ。約80mもの深井戸から汲み上げた地下水を、ガスで沸かしています。この井戸水は水質調査で防災協力井戸としても認められています。

「井戸屋さんから“ここの井戸水は5本の指に入るほどよい水だよ”と言われたことがあるんだ。お客さんからは“熱いけれどお湯がやわらかくて肌がしっとりする”とか、“寒い日でも湯冷めしにくい”と言われるよ」。

ガスで沸かしたお湯の温度は、冬は約44度、夏は約43度と東京らしく少し高めの設定。

「昔は薪を使っている銭湯が多かったけれど、ガスも薪に近いまろやかさがあるんじゃないかな。うちでは遠赤外線効果が期待できるセラミックのタイルを使っているのも、お湯の質をよくしているかもしれないね」。

体の芯まで温まるお湯とジェットバスの刺激で、日頃の疲れが和らぐ。

―番台にも見られる 時代による変化―

現在、銭湯の数は全国的にも減少の一途をたどり、北千住駅東口側には4軒のみに。昔はどこも大変な賑わいで、『梅の湯』の近くでもある東京電機大学の場所にはJT(日本たばこ産業株式会社)の社宅があり、常連客も多かったといいます。

「昔は家にお風呂がないのが当たり前だったから、銭湯に行くのは日常だった。たいてい近所の銭湯に毎日行くから、すぐ顔なじみになる。しかも、昔は脱衣所が見渡せる番台だったから、お客さんとも話しやすくてね…」。

ひと昔前まで、銭湯は番台から男女の脱衣所が見渡せるのが一般的でした。男女を隔てる場所に番台と呼ばれる高い台があり、脱衣所を見下ろす形で“番台さん”が座っていました。『梅の湯』は2007(平成19)年の中普譜(なかぶしん・内部の改装を意味する銭湯用語)で、昔ながらの番台をやめ、脱衣所に背を向けて入り口に向かい合う現在のスタイルに。

「昔はみんなおおらかだったけれど、今は時代が違うからね。フロント精算のスーパー銭湯ができ始め、昔ながらの銭湯もそれに倣っていったんだ。

なんで脱衣所側を向いていたかっていうと、お客さんに異変があった時にすぐ気付けるから。お風呂場は危ないでしょ? 湯船は熱いからのぼせてしまう人もいるし、脱衣所では盗難の可能性もあるから、人の目が必要なんだ。うちの番台は脱衣所に背を向ける座り方に変わったけれど、たいてい他のお客さんもいるから、異変があってもすぐ知らせてもらえる安心感はあるよね。そういう意味でも、1人暮らしのお年寄りも安心して通ってくれているよ。

番台に座っていると、お客さんも着替えながらよく話しかけてきたもんだよ。うちは今でも一応脱衣所に番台があるから、変わらず話をするお客さんもいるよ」。

―想像以上に重労働な 銭湯の仕事―

銭湯に行くと、店主はのんびりしているように見えます。でも、その時間はつかの間の休息で、実際はかなりの肉体労働だと梅澤さん。

「座ってお客さんと世間話をして、閉店したら広いお風呂に思う存分入れるんでしょって羨ましがられるけど、実際は全然そんなことはできないよ。ゆっくり湯船に入っていたら、掃除が遅れて朝になっちゃう(苦笑)」。

24時に営業を終えたらお湯を抜き、夜中の3時頃まで浴室の掃除。朝は8時頃から脱衣所の掃除をして、お昼過ぎには浴槽に水を溜めて沸かし、夕方に開店。これの繰り返しだそう。仕事の中でいちばん気を遣うのが掃除。

「浴槽や床はもちろん、風呂桶や椅子もひとつひとつ丁寧に洗わないとね。うちはガスでお湯を沸かすからまだいいけれど、薪のところはその作業がまた大変だよね。人の手もかかるし、夏は猛烈な暑さだし、銭湯の仕事は肉体労働だよ」。

 

―当たり前のようにあった 銭湯のある暮らし―

左が店主の梅沢幹雄さん。右は妻の喜代美さん。喜代美さんは朝早くから脱衣所などを整え、店主と交代で番台に座る。

梅澤さんは銭湯を手伝うようになって10年ほど。会社勤めをしながら銭湯を手伝うようになり、今は店主として銭湯の仕事に専念しています。

「銭湯をやりたいとかやりたくないとかは考えたことはなくて、いずれ継ぐものだと疑いもしなかった。2足のわらじを履いていた時はきつかったね。会社から帰っても、深夜まで働きっぱなしだから。嫁さんは戸惑いもあっただろうけど、こうして手伝ってくれるのはありがたいね」。

脱衣所には鉢植えがずらり。蘭が見事に咲いている。「冬は営業時間以外は冷え切っているし、丁寧に育てているわけではないんだけれど、なぜかよく咲いてくれるんです」と、喜代美さん。

梅澤さんは銭湯を営む家に生まれ、幼い頃から家の銭湯で汗を流してきました。

「夕方までめいっぱい外で友達と遊ぶと、だいぶ汚れるでしょ? そうすると“家が汚れるから、まずお風呂に入ってきな”って言われて、友達と一緒に大きい湯船で遊んだもんだよ。夕方は“流し”の人も来ていたよ。演歌歌手の渥美二郎さんも若い頃は流しで活躍した人で、仕事前によく入りに来ていたらしいよ」。

流しとは、酒場などをまわって歌や演奏をするのを生業にしている人のこと。北千住駅西口の飲み屋街“飲み屋横丁”などにも多くの流しが出入りした歴史があります。

「このあたりは商店も多かったから、客商売をやっている人たちは店を閉めてからお風呂に入りに来る。忙しい時は夜中の2時、3時ぐらいまで開けていたみたいだよ。その頃は親戚にも手伝いに来てもらっていたみたいで、まち全体が今とはまた違う活気があったね」。

―お年寄りも若者も 裸の付き合いができる場所―

最近は千住で暮らす若者も増え、大学生がお風呂に入りに来ることもあるそう。

「うちのすぐ近くにある東京電機大学の学生さんが多いね。試験や学園祭の直前は夜遅くまで頑張っているみたいで、そんな時はグループで来てくれるよ。

今の若い子たちは、入り方を知らないことも多くて、最近多い外国人観光客の方がマナーを知っていたりもするんだけどね。

自分たちが子どもの頃は、マナーが悪いと親や周りの常連さんに叱られたもんだよ。今は子どもたちの親も銭湯に入り慣れていないから、わからなくても仕方ないよね。お風呂のお湯は水で少し薄めてもよいのだけれど、水を出しっぱなしでお風呂から上がっちゃったこともあってね。最近は常連さんも注意しづらいみたいで…。

でも、こうしてお風呂が家に当たり前にある環境の中で来てくれるのはありがたいし、若い子に“頑張ってください!”と言われるとうれしいよね。最近はシルバーパスを使って、足立区の端からバスに乗って来てくれるお年寄りもいる。お客さんの数は全盛期に比べるとだいぶ少ないけれど、お客さんの層は幅広くなった気がする。もちろん、何十年も通ってくれる常連さんの存在もありがたいし、しばらく見かけないと心配になるよ」。

 

―急激に変わるまちの中で 変わらないもの―

昔ながらの個人商店が減り、チェーン系の飲食店や不動産、新しい集合住宅も増え、急激に変わりつつある千住のまち。梅澤さんはどう感じるのでしょう。

「昔は千住に住んでいると言うと、“怖いでしょ?”って言われたもんだね。自分は怖いと思ったことはなかったけれど、日雇いの労働者や昼間から酒場で飲んでいる人も多かったから、確かにガラは悪かったかも。今はこぎれいな人が多いよね。古くから住んでいる自分としては、昔の景色が失われていくのは異様な感じだし、寂しい気持ちもあるよ」。

そんな梅澤さんがホッとできる場所は、銭湯の目の前にある居酒屋『やすらぎ』。

「刺身も何でも安くて美味しくて、ママもいつも元気でいいよね! テレビで紹介されたら混んでしまって、自分としてはちょっと残念だけど(苦笑)。ママもうちの銭湯によく入りに来てくれるんだよ」。

それぞれの時間に、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが来て、心身ともに裸になる場所。そこに会話はあっても、なくても、ここにいるだけで分かり合えるような心地よさ。集う人が移り変わっても、2020年6月に新しいペンキ絵になっても、この心地よさは変わらずそこにあり続けてくれそうです。

 

<お店データ>

梅の湯

足立区千住旭町41-11 ☎03・3881・6310

【営業時間】

16:00~24:00

【定休日】不定休(日曜が休みになることが多い)

※この記事は『町雑誌千住』Last号の取材記事をもとに、追加取材しています。

20205月現在、新型コロナウイルス感染拡大を受け、営業状況は上記の通りではありません。

イラスト:秋山弥生

取材・原稿:西谷友里加

 

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